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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)19号 判決

原告 松本三蔵 外二名

被告 石野政太郎

主文

原告等の各請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、昭和二十九年(行ナ)第一九号事件につき、

「昭和二十八年抗告審判第二一三号事件について、特許庁が昭和二十九年三月二十日になした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」同第二〇号事件につき、「昭和二十八年抗告審判第二一四号事件について、特許庁が昭和二十九年三月二十日になした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告等は登録第三七三三〇九号実用新案硅藻土焜炉の権利者であるが、被告は昭和二十七年七月二十八日原告等に対し別紙目録第一記載の(イ)号図面及びその説明書に示す硅藻土製焜炉並びに同第二(ロ)号図面及びその説明書に示す硅藻土製焜炉が、いずれも登録第三七三三〇九号実用新案の権利範囲に属しない旨の審決を特許庁に求めたところ((イ)号につき昭和二十七年審判第一六〇号事件、(ロ)号につき同第一六一号事件。以下全部これに準ずる。)、特許庁は昭和二十八年一月十七日被告請求のとおりの審決をなした。よつて原告等は右審決に対し、昭和二十八年二月十八日抗告審判を請求したが(昭和二十八年抗告審判第二一三号、同第二一四号事件)、特許庁は、昭和二十九年三月二十日、右両事件について、原告等の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同月二十六年原告等に送達された。

二、昭和二十八年抗告審判第二一三号事件審決は、その理由において、

(一)  本件登録実用新案の考案の要旨は、その図面と説明書の記載から見て、略立方形硅藻土岩に上方より摺鉢状焔室、逆摺鉢状燃焼室及びこの下方にロストルを介して通気兼灰溜室を刳り抜いて焜炉体を形成し、該焜炉体の上下周縁及びこの中間に数条の補強帯を囲繞止着してなる硅藻土製焜炉の構造にあるものと認定し、

(二)  次に(イ)号図面及びその説明書に示す硅藻土製焜炉は、硅藻土を円擣形に削出した焜炉体の内部上方に多数のV字状溝を穿ち、その下方に垂直の円筒状燃焼室を設けその下方にはロストルを介して風孔を設け、焜炉体の前方中央に円形の硅藻土詰蓋を抜差自在に嵌入した焚口を設け、その前面に扉を蝶着し、そして焜炉体の外側上中下位置に三本の水平補強帯と三本の垂直補強体を当着し、垂直補強帯の上端部を内方に屈曲して波状の炊器載部を設けてなり、薪を使用する竈としても使用し得、また木炭煉炭用の焜炉としても使用し得るものであると認定した上、

(三)  以上両者を対比して考察するに、硅藻土製焜炉体の外側に水平補強帯を設けた点においては、両者はその軌を一にしているが、前者の焜炉体は、略立方形で、燃焼室は逆摺鉢状を呈するに対し、後者のそれは、円擣形で燃焼室は垂直の円筒状を呈するので、両者は焜炉体の外形と燃焼室の形状とを異にするのみならず、前者が焜炉体の垂直角稜部に縦方向補強帯を当着している点から見ても、本件登録実用新案は、立方形焜炉体の補強を目的とするもので、しかも前述のように、略立方形硅藻土岩に上方より摺鉢状焔室、逆摺鉢状燃焼室及びこの下方にロストルを介して通気兼灰溜室を刳抜いた焜炉体に対して補強加工を施したものであつて、単に硅藻土製焜炉体の外側に水平補強帯を設けたものでないから、本件登録実用新案のこの特定構造を有する焜炉体に補強加工を施した点は、これと構造を異にする焜炉体に補強加工を施した後者とは相違していて、この点においても、両者はその構造を異にするものといわざるを得ない。従つて(イ)号図面及びその説明書に記載されているものは、本件登録実用新案の硅藻土製焜炉と何等類似するものでなく、またこれを包含しているものでもないから、(イ)号図面及びその説明書に記載されているものは、本件登録実用新案の権利の範囲に属しないとしている。

三、また昭和二十八年抗告審判第二一四号事件審決は、その理由において、

(一)  本件登録実用新案の考案の要旨については、前記二の(一)同様に認定し、

(二)  次に(ロ)号図面及びその説明書に示す硅藻土製焜炉は硅藻土を円擣形に削出した焜炉体の内部上方の斜面部の三方に切溝を設け、その下方に垂直の円筒状燃焼室を設け、その下方にはロストルを介して風孔を設け、裏面に十字状の溝を設け、焜炉体の上端部外側には、波状の炊器載を設けた断面¬状の金属製補強環帯と焜炉体の下方外側には水平補強帯をそれぞれ設けてなり木炭用としても煉炭用としても使用し得るものであると認定した上、

(三)  以上両者を対比して考察するに、硅藻土製焜炉体の外側に水平補強帯を設けた点においては、両者はその軌を一にしているが、前者の焜炉体は略立方形で燃焼室は逆摺鉢状を呈するに対し、後者のそれは、円擣形で燃焼室は垂直の円筒状を呈するもので、両者は焜炉体の外形と燃焼室の形状とを異にするのみならず、前者が焜炉体の垂直角稜部に縦方向補強帯を当着している点から見ても、本件登録実用新案は、立方形焜炉体の補強を目的とするもので、しかも前述のように、略立方形硅藻土岩に上方より摺鉢状焔室、逆摺鉢状燃焼室及びこの下方にロストルを介して通気兼灰溜室を刳抜いた焜炉体に対して補強加工を施したものであつて、単に硅藻土製焜炉体の外側に水平補強帯を設けたものではないから、本件登録実用新案のこの特定構造を有する焜炉体に補強加工を施した点は、これと構造を異にする焜炉体に補強加工を施した後者とは相違していて、この点においても、両者はその構造を異にするものといわざるを得ない。従つて(ロ)号図面及びその説明書に記載されているものは、本件登録実用新案の権利範囲に属しないとしている。

四、しかしながら、右各審決は、次の理由によつて違法であつて取り消さるべきものである。

(一)  審決は原告等の登録実用新案と(イ)号及び(ロ)号各図面に示す竈(焜炉とも俗称されている。)及び焜炉体の構造の共通性を当該焜炉体の外側に補強帯を設けてなる点に着目しながら、他の構造である燃焼室の形状及び外型を異にするからその構造を異にし、両者を類似ということができないと判断しているが、実用新案においてその類否の決定を、審決説示のように単に両者の共通性の抽出と比較によつてなすことは経験則に反し、ことに権利の範囲を解釈せんとするに当つては、当該実用新案の有する考案の性質及び目的又は考案の詳細なる説明等に従つてなすべきであるのにかかわらず、審決はこの点の判断をなさず故意に請求を排斥したもので、この点判例にも違反したもので違法である(昭和十二年(オ)第一五〇三号、同十三年一月二十九日判決)。本件実用新案は、その登録請求範囲についてみても明らかなように、材料を特定し、その特定した材料の補強構造がこの考案の主要な要素をなし、ひいては構造全体としての主要構造をなしているものであるから、この点(イ)号及び(ロ)号各図面及び説明書に示す焜炉体は、本件実用新案と同一の材料を特定し、その補強構造として補強帯が使用されているのであり、その考案の性質と目的において同一若は類似であつて、右両図面及び説明書に示すものは、本件実用新案の権利の範囲に属するものでなければならない。しかるに審決は、この点の判断を誤り、不当に原告等の請求を排斥したものである。

(二)  審決は更に本件実用新案と(イ)号図面及びその説明書並びに(ロ)号図面及びその説明書に示すものとを比較するに当り、両者の構造上の微差にのみ着目して、その考案の性質及び目的に対する判断を誤つたために、両者の考案の作用及び効果の同一につき判断を遺脱し、重大な違法を包蔵するものである。

いうまでもなく実用新案は、その型につき実用性のあることを条件にして、保護される考案に基くものであるが、これを特許発明と比較した場合、その技術的進歩性が、実用新案においては小さく、特許発明においては大なる程度の差があるのみであつて、通常かかる意味から「大発明、小発明」の用語すら存在することは周知のとおりである。(大正三年(オ)第四四四号、同四年五月七日、大正十二年(オ)第七二四号同十三年九月十六日大審院判決)。されば実用新案について、その類似性を判断するに当つては、その実用新案の主要構造の実用性、技術的価値、性質、目的等を参酌しなければならないことは明らかである。この点本件実用新案は、材料の特定があり、この特定された材料の利用が新規であつて、その材料の特定の目的のための使用に不可欠の補強帯の結合を主要構造とし、燃焼室の構造を附加的構造とするものである。さればこの主要構造の類否を決定するには、その補強帯の形状、型の同一をのみ比較するにとどまらず、実用上、経済上及び技術の利用の目的において同一なりや否やを判断しなければならない。

しかるに審決は補強帯の有する構造的価値は「燃焼室の特定構造を補強するもの」と誤認し、しかもこの誤認は補強帯と材料の特殊関係の判断の遺脱をもたらす一方、証拠をもつてしない推論に立脚するにすぎず、本件実用新案の要旨の認定にあたり、その事実の確定を誤り、ひいて考案の類似の法則に反し、叙上の違法を有するもので取消を免れない。

(三)  審決は、本件実用新案と(イ)号及び(ロ)号図面に示すものの構造の認定を誤り、前者の認定については、作用の関係を、後二者の認定には型の同一を、それぞれ異つた理論を前提にして認定したために、後二者は前者を包含しないという判断に到達し、このことは当然実用新案法第一条の解釈を誤り、ひいて権利の範囲の認定を誤ることとなつたもので、不法はその極に達し、取消を免れない。

審決は、本件実用新案における補強帯の構造における地位を判断するに当り、摺鉢状焔室、逆摺鉢状燃焼室及びこの下方にロストルを介して通気兼灰溜室を刳抜いた焜炉体に対して補強加工を施したものだから、単に硅藻土製の焜炉体の外側に補強帯を設けたものでなく、本件の実用新案はこうした特定構造を有するものとの判断に出でているが、補強帯が本件の特殊な構造の補強を目的とするという認定は独断であつて、請求範囲にも明らかなとおり、本件の考案が特定の材料の使用を中心として(この点煉成型焜炉としての従来のものと異なり新規であつて被告主張のように本件実用新案登録出願前から公知なものではない。)その特定目的に使用することの補強を技術的目的とし、この目的が達せられているから、その燃焼室の構造の形成が可能となる。前者は本件の主要構造であり、かかる場合材料の持つ重要性、材料の公知水準等は、主要構造の判断に参酌さるべきことは、特許庁の実験則とするところであるにかかわらず、根拠なくして仮空の推論の違法を敢てなし、加うるに(イ)号及び(ロ)号図面の認定に当つては、「これと構造を異にする焜炉体に補強加工を施した(イ)号及び(ロ)号図面、説明書に示すものとは相違」すると論断することは、その後二者において構造の型の差異に偏重するにあつて、かつ、両者の主要構造の認定を誤り、後二者は前者に包含される関係にある技術的範囲の解釈を誤つたものであつて、この点審決は違法である。

(四)  審決は、実用新案の範囲の確定にあたり生ずるいわゆる包含性の理論を無視し、これと考案の類似は同一であるが如く誤認している点、審決は実用新案の権利の範囲の認定を誤つたものである。

いうまでもなく、考案の類似とは、その型に表現された考案力の比較であつて、この場合考案は同一のものと考えられるのであるが、一つの権利の有する考案が、すでに多くの型をも可能ならしめる包括的内容のものであつて、その考案よりは複数の型をも製作しうる可能性を有する場合、その複数の型に表現された考案は、その一の権利の内容と類似か、またはその権利のうちに包含されるものというべきである。

これをもつて本件についてみるに、本件実用新案の考案力がその要素において重要な数個の新規性を有していることは、その請求範囲の記載及び前述の請求理由各点よりも明らかなところに属するが、(イ)号及び(ロ)号の各図面及び説明書に示す竈及び焜炉体は、この本件実用新案の請求範囲に包括されている考案の各要素を使用してなるものであつて、その考案力はすでに本件実用新案中に包含されているものというべきである。しかるに審決は、新案の類似性にのみ着目し、この権利の包含につき詳細なる判断をなさず、この点重要なる解釈の誤りをおかしたものといわなければならない。

(五)  審決は、本件実用新案が焜炉体の垂直角稜部に縦方向補強帯を当着している点からみても、本件登録実用新案は、立方形焜炉体の補強を目的とするものであり、燃焼室構造を刳抜いた焜炉体の補強加工を施したものであつて、外側に水平補強帯を設けた(イ)号及び(ロ)号図面の場合と異なると述べているが、この審決は、本件実用新案の技術性、目的、作用及び効果の判断を遺脱した点に帰因する違法なものである。

本件実用新案の主要構造である補強帯の考案が、特定の硅藻土岩の使用にあたり、その性状の補強と保全に向けられたものである点よりしても、これが稜部にありや、水平平面に締着されてありやの差異によつて、両者を異つた考案に基くものと判断することは、実用新案法の曲解であり不当である。

仮りに締着の位置がその如くであるにせよ、それは考案上の微差であつて、これを主要構造とする本件実用新案に対し、(イ)号及び(ロ)号各図面に示す構造のものは、全く類似か、またはその内容を包含するものであつて、これを非類似とし、または包含しない旨の趣旨に出でた審決は違法である。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一、二、三の各事実は、これを認める。

二、同四の主張は、これを争う。

(一)  審決は、原告等の登録実用新案の説明書に基き、その記載せる考案の性質及び目的から考案の旨意を明らかにし、(イ)号及び(ロ)号の各図面及び説明書のものと比較して審決を下したものであつて、何等違法はないのみならず、実用新案権は、物品の形状構造又は組合せに関する工業的考案を保護する権利であつて、特許権のように新規な工業的効果の発生を目的とするものではないから、実用新案類否の判断の基準は、外形的考案に求めるべく、考案の作用、効果及び経済上又は技術上の目的、工業上の効果を標準とすべきではないことは、多数大審院判例の示すところであつて、原告等の主張(一)は理由がない。

(二)  原告等は、特許と実用新案を「大発明と小発明」の用語を以つて、実用新案の類否判断には実用性、技術的価値、性質、目的等を参酌しなければならないといつているが、原告の引用する判例は、実用新案の本質を判示し、特許権と実用新案権の両立すること及び保護の範囲を異にすることを明らかにしたものであり、かつ、実用新案類否の判断の基準は、前述のとおりであるから、審決は何等考案類否判定の法則に違反するものでない。

(三)  原告等は、本件実用新案は特定材料即ち具体的にいえば、焜炉に硅藻土岩を用いたことが新規であり、この材料の特定の目的のために不可欠の補強帯の結合を主要構造とし、燃焼室の構造を附加的構造とするものであると主張しているが、特定材料と称する硅藻土岩は、焜炉又は竈として元和元年頃から使用され、明治初年から二十年頃までは竈及び焜炉として他県に移出されたもので、本件登録出願前から公知のものであつて、何等新規性のあるものではない。従つて本件実用新案についての前述の主張の全く当らないことは、その説明書において燃焼室及び焔室の構造を考案上不可欠のものとし、更に外形の略立方体であることが、考案の基礎的条件となつていること等を無視したものであつて、原告自ら矛盾に陥つているものである。

(四)  原告のいわゆる包含性なるものは、(イ)号及び(ロ)号各図面及び説明のものを対象として、都合よく捏ち上げたもので、却つて本件実用新案の説明内容を無視し、その権利範囲を不当に解釈したものであつて、全然理由がない。

(五)  実用新案の類否判断に対する基準は前述のとおりであり、審決はこれに合致するようになされたものであるから、審決が本件実用新案の技術性、目的、作用及び効果の判断を遺脱したとの原告の主張は理由がない。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一、二、三の各事実は、当事者間に争がない。

二、その成立に争のない甲第一号証、乙第二号証の一ないし四、乙第三号証の一、二、三及び鑑定人木本雄の鑑定の結果を総合すれば、原告等の権利に属する登録第三七三三〇九号実用新案硅藻土製焜炉は、昭和二十二年八月十九日出願、昭和二十三年十二月十七日出願公告、昭和二十五年六月二十六日登録となつたもので、その考案の要旨は、その説明書及び図面(甲第一号証)の記載から見て、略立方形硅藻土岩に上方より摺鉢状焔室、逆摺鉢状燃焼室及びその下方にロストルを介して、通気兼灰溜室を刳り抜いて焜炉体を形成し、該焜炉体の上下周縁及びこの中間に数条の補強帯を囲繞止着して構成された硅藻土製焜炉の構造であつて、右のように(一)焜炉体が天然硅藻土岩製であること、(二)焜炉体の外形は略立方体であること、(三)焜炉体に摺鉢状焔室、逆摺鉢状燃焼室及びその下方にロストルを介して通気兼灰溜室を刳り抜いていること及び(四)焜炉体の上下周縁及びその中間に数条の補強帯を囲繞止着していることの四構成条件の全部を具備することをその考案構成の必須条件としているものと認定するを相当とする。

三、昭和二十九年(行ナ)第一九号事件における確認の対象物である(イ)号図面及びその説明書に記載された薪、木炭、煉炭兼用竈は、天然硅藻土岩を円擣形に削つて焜炉体とし、内部上方にはその上面傾斜部にV字状溝を並べて穿つた摺鉢状の焔室を設けこの焔室の下方円筒状燃焼室と通気兼灰溜室とを刳り抜いて設け、右両室間に段部を形成して、これにロストルを載せることができるようにし、また焜炉体の前面中央には焚口を燃焼室に向けて穿ち、これと同形の硅藻土岩製の詰蓋を抜差自在に嵌合し、その前面に扉をその一側で蝶着し、焜炉体の外周には、上中下三条の横の補強帯と三条の縦方向の平鉄とを取り着け、右平鉄の上端は内方に屈曲して焔室上面上に炊器載部を形成したもので、前記ロストルを載せ、かつ詰蓋を取除いて焚口を開けば薪を燃料に使用することができ、この焚口を詰蓋で塞げば普通の焜炉として木炭を燃料とすることができ、更にロストルを取り除けば燃焼室の円筒状形状を利用して煉炭を使用でき、以上三様に使用することができる焜炉である。

四、また昭和二十九年(行ナ)第二〇号事件における確認の対象物である(ロ)号図面及びその説明書に記載された木炭、煉炭兼用焜炉は、天然硅藻土岩を円擣形に削つて焜炉体を形成し、その上端部に摺鉢状焔室を設け、その上面傾斜部に放射状に三個の切溝を穿ち、焔室の下方には円筒状燃焼室を設け、その下端に段部を形成して、これにロストルを載せることができるようにし、その下部を通気兼灰溜室とし、焜炉体の裏面には十字状に浅溝を穿ち、更に焜炉体の外周には、その上端に断面¬形の金属製環体を繞らせ、この環体からは、前記各切溝の中間に一個ずつの波状炊器載を突出させ、また前記環体の下方には補強帯を嵌着したもので、ロストルを段部上に載置すれば木炭用として使用され、ロストルを取り除けば煉炭用として使用することができる焜炉である。

五、よつて本件登録実用新案と、前記(イ)号及び(ロ)号の各図面及び説明書に記載された焜炉とを比較してみると、前者及び後二者とも、天然硅藻土岩を材料とし、これに上から順に摺鉢状焔室、燃焼室及び通気兼灰溜室を設けて焜炉体とし、燃焼室と灰溜室との間にロストル設置部を位置せしめ、更に焜炉体の外周には数条の横の補強帯を囲繞されたものである点において一致している。しかしながらその成立に争のない乙第二号証の一から四、乙第三号の一、二、三を総合すれば、これらの点は、いずれも従来公知のものであることが認められるばかりでなく、前者が全体を略立方体とし、その燃焼室を逆摺鉢状となし、ロストルを燃焼室と通気兼灰溜室との間に介在せしめたものであるに対し、後二者は、硅藻土岩を削つて全体を円擣形となし、その燃焼室は円擣形煉炭を使用するに適するような円筒状とし、その下端通気兼灰溜室との間に段を形成せしめ、これに取り外し得るようにロストルを載せたもので(なお(ロ)号図面のものは焚口をも設けてある。)これらの点で、その形状及び構造を異にしている。すなわち後二者は、前者の考案の必須条件の一である前記(三)の焜炉体における形状と構造とを全然異にしている。

すでに焜炉体における形状と構造とを異にする以上、鑑定人木本雄の鑑定の結果によつても認めることができるように、燃焼室内における燃焼ガス、不完全燃焼ガス、空気等の混和について、後二者は、焔室と燃焼室との境界に狭窄部分を有する前者が生ずるような効果を生ずることができないばかりでなく、実用新案は、物品の形状、構造又は組合わせに関する新規な型の工業的考案を保護する権利であるから、前者の必須条件の一である焜炉体の形状と構造とを異にする後二者は、たとい従来普通のことに属する一部に共通な点があるとしても、前者と同一または類似であるということはできないし、また後二者が前者を包含しているということもできない。

六、審決は、前記と同一の見地に立つて(イ)号及び(ロ)号の各図面及び説明書に記載されたものは、原告等の本件登録実用新案の権利範囲に属しないと判断したもので、原告主張のように違法なものではない。

なお原告は、本件登録実用新案の考案要旨、並びにこれと(イ)号及び(ロ)号の各図面及び説明書に記載されたものとの類否について種々述べているが、右はいずれも、前記認定と相容れない見地に立つて審決を非難するものであつて、もとよりそれがために審決を違法とすることはできない。

よつて原告等の各請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

(目録第一)

イ号図面に示す薪木炭煉炭兼用竈の説明書

硅藻土を円擣形に削つて竈体(1)を形成し、その前方中央に焚口(2)を設け、該焚口に該口と同形の硅藻土詰蓋(3)を抜差自在に嵌入し、其の前面に扉(4)を蝶着し、下方に風孔(5)を設け、内部上方には多数のV字状の溝(6)を穿ち、下方の燃焼室(7)は垂直の円筒状(7)と為し、外側上中下に三本の補強帯(9)を又外側立方向に三本の平鉄(9′)を当着し、其の上端部を内方に屈曲して炊器載部(8)とし、此の部分を波状とした薪木炭煉炭兼用竈であつて、其の作用効果は左の通りである。

一、薪を用うる場合は焚口(2)の詰蓋(3)を取り除けば、其の前面に扉(4)があるから、普通の竈同様に使用できる。

二、木炭を用うる場合は詰蓋(3)を焚口(2)に嵌入し、扉(4)を閉じて置けば焚口のない焜炉と同様に使用出来る。尚、此の場合、詰蓋(3)も硅藻土であるから、保熱使用も普通の硅藻土焜炉と変らぬ。又扉(4)を閉じる為め、詰蓋(3)が外部に脱出することもない。

三、煉炭用とする場合は木炭使用の状態からロストルを除き、其の箇所に煉炭を置けば燃焼室が垂直の筒形であるから良好な煉炭焜炉となる。

以上の如く一箇の竈を三様に使用し得るものである。

以上

イ号図面〈省略〉

(目録第二)

ロ号図面に示す木炭煉炭兼用焜炉の説明書

硅藻土を円擣形に削つて焜炉体(1)を形成し、其の上端部に波状の炊器載(2)を設けた断面¬形の金属製環体(3)と下方に補強帯(3′)を嵌着し、内面上方斜面部の三方に切溝(4)を設け下方の燃焼室を垂直の円筒状(5)となし、其の下端にロストル載の段(6)を設けてロストル(7)を嵌入し、ロストルの下を風孔(9)とし、焜炉体の裏に十字状の溝(8)を設けたものである。而して、その作用効果は、

一、焜炉体(1)が円擣形であるから体よく、角形のもののように角の欠ける虞れがない。

二、内部の燃焼室が垂直の円筒状(5)に構成されているから、これによつて初めて煉炭焜炉に兼用できる。

三、上面周縁に波状の炊器載(2)を有する金属製環体(3)を嵌着した為め、焜炉の上端部を保護すると共に炊器が内面に接触しないから、炊器の掛下しによつて焜炉の内面を磨滅損傷することがない。

以上

ロ号図面〈省略〉

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